りーにえんしーの闇鍋ブログ

書いている本人もよくわかっていないブログです。

【SS】偏食の時代

 時は23世紀。あらゆるものが科学の力で合理的になり、人々は食事から仕事まで、何一つ不自由なく暮らすことができていた。科学化は文明だけではなく人類の身体をも合理化の対象としていた。その例として、どんなものをどれだけ食べても、年齢と身長から導き出された適性な健康体重・体型になるように消化される仕組みを生み出した。三食が高脂肪・高カロリーの者と、三食がエンドウ豆三粒の者のように、まったく異なる食生活であっても、二人の年齢と身長が同じであれば、同様の体重・体型になる。そのため、人々は食事によって引き起こされる病気などに悩まされることは無くなり、各々が好きなように食事をできるようになった。

 しかし、いつの時代も完璧という状態は存在しないもので、食事に関してもある問題が生じていた。それは食の好みというものだった。かつて頻発していたメタボリックシンドロームや糖尿病などの生活習慣病は食物のエネルギー消費、消化吸収の効率化で無くなったものの、個人ごとの食事の好みというものは、昔と同じように変わることが無かった。そのため、ベジタリアンヴィーガン、肉食主義者たちなどの特定の食物を摂取することを広めようとする人々の活動は、かつてと同じように残っていたままであった。そしてその活動は、日に日に過激化していくこととなった。

 あるベジタリアンの男性は、同じ会社に勤めていた肉食主義者の同僚を「他の動物の命を奪ってでも肉を食いたがる野蛮人だ」と罵り、同僚が肉料理を食べようとすると、手から食器を奪ったり、床に料理の皿を投げつけたりした。またある肉食主義者の女性は「野菜や穀物を食べるなんて、家畜と同等かそれ以下ね」と、ベジタリアンヴィーガンたちを蔑むだけでなく、誰かが野菜を食べる姿を撮影し、菜食を馬鹿にした文面とともにSNSにアップすることもしていた。他にも、甘いものこそが至高だと考えるあまり、他の食物を残飯扱いするようになる者や、塩辛さ至上主義に走ったことで、塩辛くない食物は人間の食べるものではない、といったことを吹聴して回る者など、さまざまな偏食家たちが生まれ、各々の食の好みこそが最も素晴らしいと熱狂的に主張し始めることとなった。

 もちろん、そうした活動に参加せず、静かに自分の好みを追求する者もいたが、そうした人々を熱狂的な偏食家たちは「食の好みが我々と違うことを批判されるのが怖くて、黙っているのだろう」などと煽り、侮蔑の言葉を浴びせて悦に浸っていた。中には黙って見過ごすことができず、意見する者もいたが、「我々と違う食の好みを持つ者の言葉を聞く気など、さらさらない」と、意見そのものを突っぱねられることがしばしばであった。こうした仕打ちを受けた人々は、押し黙るか、負けまいとして活動をより活発化して対抗しようとするかに二分化されることとなり、それがまた各派閥の対立につながることとなった。こうした騒動は社会問題となり、政府も対応を迫られていたが、問題対応に乗り出した政治家が穀物食主義者と報道されると、それ以外の食物主義者たちから毎日非難を浴びせられ、いわれのない噂が飛び交うようになり、最終的にその人物はうつ病となって辞職することとなった。もはや、偏食家たちによる活動は政府の介入すら無意味の領域へと加熱していた。

 そしてある日、この騒動は一線を超える事態となる。食肉主義者が別の食物主義者と取っ組み合いの喧嘩になり、相手を殴殺してしまうという事件が起きた。この事件を受けて各食物主義者たちは、主義主張のためであれば暴力が容認されるという考えを持ってしまい、各地で食物派閥どうしの暴動が起こり始めた。政府が軍隊による介入を通して鎮圧を図るものの、一部の食物派閥は軍の数倍もの勢力を持っていたこともあり、なかなか止めることができずにいた。

 その勢いはとどまることを知らず、政府の崩壊をも目論む派閥も現れた。政府の座、つまり国のトップの位置に立つことで、我が食物派閥こそすべてであると証明できると考えたのだろう。そして、その考えは実行に移され、ついに現政府を崩壊へと導いた。それからは、食の好みによってヒエラルキーや職業が決まり、鎮圧していたはずの差別問題が再び目を覚まし、力こそがすべてであり、力によってパワーバランスが崩れかねない、不安定な時代に……。

 

プツン、と小さく音を立てて、教室の前に置かれたスクリーン内の映像が消える。少し間を置いて、教卓に立つ教師が生徒に向かって話し始める。

「……今見てもらった映像のように、食べ物が自由に手に入り、体の機能が変化していくら何を食べても健康でいられる時代になったとしても、好きなものばかり食べていれば『この食べ物こそが素晴らしい』という不健康な考え方になってしまいます。その考え方は、差別や偏見の源にもなりますし、突き詰めていくと、映像の最後の方にあったような恐ろしいことを引き起こしかねません。そんなことにならないためには、何事も是々非々、善いか悪いかを判断できるような、健康な考え方を身に付けなくてはなりません。そのためには、毎日の食事を好き嫌いなく、肉も野菜も穀物も、何でもバランス良く食べることが大切なのです……」