りーにえんしーの闇鍋ブログ

書いている本人もよくわかっていないブログです。

未来葬儀

先日のお出かけの際に、ふと「葬式の未来」という空想が思いつき、お昼休憩の際に考え耽った。

葬式の未来。それはどんなものだろう。技術の発展により簡易になって効率化され、一時間足らずで終えられる葬式だろうか。それ以上に効率化して、棺桶に亡骸を入れると、重さを検知して自動的に棺桶が変形し、式からその後の火葬まで、すべて執り行ってくれるようになるのか、はたまた伝統という名目で今とまったく変わらないものになるのだろうか。もしかしたら死期が近づくと棺桶に変形する家が販売されるようになるかもしれない。

参列者や式の進行役はどうなるのだろう。式が効率化すれば参加するだけの見返りはあるのか、とか、寧ろ無駄だといって参加者は薄れていくのだろうか。服装も礼服ではなくよりラフなものになるのかもしれない。私服参加OKの葬式とか、ただのフェスのようになるのではないか。

僕が敬愛するSF作家である星新一の作品に「ゆきとどいた生活」というものがある。生活から仕事まで、身の回りのことが何でもオートメーション化し、豊かで快適な未来都市の生活だが、その実とある欠陥が……といった内容の話である(ネタバレになりかねないので、ここらで止めておく。気になった方は、是非読んでみてほしい)。この作品世界の生活様式のように、未来社会では前述のような様々な方法で葬儀もオートメーション化しているのだろうか。

個人的には、土にそのまま埋めるといった方法は疫病や感染症の観点から早々に無くなるべきなのではと思うが(あくまで個人の意見であることを重ねて書いておく)、果たして未来では葬儀はどうなっているのだろうか。

今回のテーマである「葬儀」のように、日常とは無関係と思えるようなテーマは、普段はあまり意識しないことだからこそ、意識しだすと気になるものである。

 

追記 : これは下書き保存しておいた文章なので、少し前に思いついたことになる。とはいえ、余程テーマを持たない限りは基本的にオムニバスな形式の執筆スタイルなので、問題は皆無であろうが。今思うと、融解薬品やレーザーなんかも導入されそうである。ただ、それらの方法で骨まで焼き切ったり溶かしつくしてしまったりしたら、遺骨そのものも遺骨への価値も失われてしまうのかもしれないが。